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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1304号 判決

原告

村瀬隆久

ほか二名

被告

株式会社阪神製作所

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告村瀬隆久に対し金二一五、三八〇円、原告村瀬辰雄に対し金二四、二〇〇円およびこれらに対する被告株式会社阪神製作所は昭和四四年四月九日から、被告今西光彦は同月一〇日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告村瀬登久子の請求および、原告村瀬隆久、同村瀬辰雄のその余の各請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分してその二を原告らの、その一を被告らの負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告らは各自原告村瀬隆久に対し金三三万円、原告村瀬辰雄、同村瀬登久子に対し各金二一九、五六〇円およびこれらに対する訴状送達の翌日から右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

請求棄却の判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故発生

とき 昭和四三年六月三日午後二時三〇分ごろ

ところ 大阪市福島区海老江上二丁目五九番地先交差点

事故車 小型貨物自動車(大阪四の八九三号)

運転者 被告今西

受傷者 原告隆久(当時四才)

態様 原告隆久は西から東へ小走りで横断中、南から北へ進行してきた事故車が衝突してきたため、路上に転倒した。

受傷内容 左前額部、右肘関節部、左足関節部擦過創、右腓骨々折、右足関節部挫創

(二)  帰責事由(自賠法三条、民法七〇九条)

1 被告会社は事故車を所有して、これを自己の業務のために使用し、被告今西は被告会社に雇用され、本件事故当時その業務に従事中であつた。

2 被告今西には前方不注視、徐行義務違反等の過失がある。本件事故現場は左右の見とおしのきわめて困難な、信号機のない交通整理の行われていない交差点であるから、自動車運転者は左右道路からの人車の進入を予測し、歩行者特に幼児が横断する場合には、一時停止または徐行して左右の安全を確認し、歩行者の通行を妨げないようにすべき注意義務があるところ、被告今西は右注意義務を怠り、慢然その進行を続けた過失により原告隆久の発見が遅れ、急停車等の適切な措置をとりえず本件事故を惹起した。

(三)  損害

1 原告隆久分

治療費 金四八、一〇〇円

慰藉料 金三〇万円

原告隆久は前記受傷により大阪市福島区海老江上一丁目杉本外科病院へ昭和四三年六月三日から同年八月三日まで毎日通院して治療をうけた。受傷部分のうち右腓骨々折については右足首の前部付近に幅約七センチメートルにわたり皮膚にケロイド症を呈し、発汗時や入浴時にかゆみが甚だしく、将来整形手術が必要である。

弁護士費用 金三万円

2 原告辰雄分

通院看護費 金四九、六〇〇円

原告隆久は、本来その治療のため入院すべきであつたが、幼児の場合その看護に母親等近親者が終日あたらねばならず、原告ら一家の日常生活上困難であつたために医師と相談のうえ通院することになつた。受傷部分が足であつたため、乳母車を改造して、これに乗せて通院していたが、付添一人では乗降させることができず、原告登久子のほか近所の西野喜代子が付添い、六二日間通院させた。通院には半日の時間を費した。そこで一回八〇〇円として、右西野に対して支払うべき看護費である。

慰藉料 金一五万円

原告隆久は原告辰雄の長男で、本件事故による受傷により、辰雄は父親として心労著しい。

弁護士費用 金一九、九六〇円

3 原告登久子分

通院看護費 金四九、六〇〇円

前記記載のとおり、一日八〇〇円×六二回分

慰藉料 金一五万円

原告登久子は、隆久の受傷により母親として不眠不休で看護につとめ、その心労は著しい。

弁護士費用 金一九、九六〇円

(四)  損益相殺

原告隆久は、被告会社から治療費金四八、一〇〇円の支払をうけた。

二、被告

(一)  請求原因に対する認否

本件事故発生は受傷内容を不知のほかすべて認める。

帰責事由1は認める。同2は争う。

損害は争う。

損益相殺は認める。

(二)  免責の抗弁

被告今西は徐行して本件交差点に接近し何らの過失もない。原告隆久が交差点電柱の陰から突然飛び出したために事故が発生したもので、同人ないしは両親である原告辰雄、同登久子の一方的過失である。

事故車は本件事故当時構造上の欠陥、機能上の障害はなかつた。

(三)  過失相殺

かりに被告らに過失があるとしても原告側の過失はきわめて大きい。

三、原告

被告の抗弁はすべて争う。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故発生

受傷内容を除き当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、原告隆久が本件事故により左前額部、右肘関節部、左足関節部各擦過創、右腓骨々折、右足関節部挫創の傷害をうけたことが認められる。

二、被告今西の責任

〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

本件事故現場は南北路と東西路とが十字形に交差していて、南北路は幅員三・六メートル、東西路は二・四ないし二・七メートルでいずれも路面はアスファルト舗装され、平たんであるが、家屋の密集した市街地内にあるため左右の見とおしはきわめて悪い。南北路はよく車両が走行しているが、右交差点には通学児童が通るので、通行する車両は速度をさ程出していない。制限速度は時速四〇キロメートルである。その他信号機の設置なく、交通整理は行われておらず、付近に横断歩道もない。

被告今西は事故車にネジ類約一五〇キログラムを積載して、時速約二五キロメートルで南北路の中央あたりを北進し、本件交差点にさしかかり時速約二〇キロメートルに減速して進入しようとした。

その際左前方約一・七メートルに原告隆久(当時四才)が右交差点の西から東へ走つて横断しようとしている姿を見て、同時にブレーキをかけたが及ばず、約一・五メートル進行して自車の左前フエンダー付近で原告隆久と接触してその付近に転倒させた。事故車はさらに一・一メートル前進して停車した。

右事故現場から原告らの自宅まで五〇メートル程の距離であるが、母親である原告登久子は自宅近くの路地か公園で隆久を遊ばせるようにして、自動車についての注意もしていたが、隆久は本件交差点において事故車が進行してくる直前へ走り出していた。

他に右認定を動かしうる証拠はない。右事実によると幼児である隆久が事故車の直前へ飛び出した点はさることながら、被告今西が左右の見とおしの悪い交通整理の行われていない本件交差点で、しかも家屋の密集した周囲からいつ通行人が現れるかもしれない所であり、徐行もしくは一時停止して左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り時速二〇キロメートルに減速した程度で進行したため、原告隆久を発見したときはもはや回避または急停車して事故を防止できなかつた。従つて、被告今西には徐行ないしは一時停止義務に違反する過失があり、民法七〇九条により本件事故から生じた原告らの損害について賠償する責任がある。

三、被告会社の責任

被告会社が事故車の運行供用者である点について当事者間に争いがない。前記のとおり被告今西に過失がある以上、免責の抗弁についてその余の判断するまでもなく、採用するべき理由がないから、自賠法三条によつて被告会社は本件事故から生じた原告らの損害を賠償すべき責任がある。

四、損害

原告隆久分

1  治療費 金四八、一〇〇円

原告隆久が昭和四三年六月三日から同年八月三日まで大阪市福島区海老江上一丁目松本外科病院へ四八回通院した治療費(〔証拠略〕)

2  慰藉料 金二五万円

原告隆久は受傷後二週間位は非常に痛がり、一か月余してギブスをはずすことができ、その後はマツサージをしてもらつた。その間父母に心配をかけ治ゆした後も右足首の前部に大きな傷痕が目立ち、寒い時期には疼痛を訴えているが歩行に差支えなく走ることもできる。(〔証拠略〕)

その他諸般の事情(後記過失相殺の事情を除く)を参斟すると、慰藉料は金二五万円が相当である。

原告辰雄、同登久子分

3  通院付添費 金二四、〇〇〇円

原告隆久が松本外科への通院するについて、ギブスをはめられた同人を乳母車に乗せ、治療を受けさせるのに、原告登久子と近所の西野喜代子の二人が付添い、ギブスが取れた後も痛がつたのでずつと付添つていた。松本外科は原告らの自宅から徒歩一〇分程の距離にあり、通院に要する時間は概ね二時間半であつた。(〔証拠略〕)

右通院について原告登久子のみでは無理で西野喜代子の付添もやむをえなかつたものと考えられ、一日五〇〇円しとて四八回分の付添費を認める。

しかし原告登久子については、入院の場合と異り時間も短かく、特段の事情例えば同人が職業を持ち通院のために不利益をうけたことなどの主張立証があれば格別、それがない本件においては親権者の監護として通常なすべきことであるから、通院付添費を認めない。

4  慰藉料 いずれも認めない。

受傷者の近親者について慰藉料が認められる場合は、その傷害が重傷で生命が侵害されたときと同等ないしは著しく劣らないと考えられる場合でなければならず、(参照最高裁昭和四二年六月一三日集二一巻六号一四四七頁)原告隆久の受傷については到底右程度と考えられないから、原告辰雄、同登久子について慰藉料を認めることはできない。

五、過失相殺

前記二に認定した事実によると、事故当時四才の原告隆久が事故車の直前に走り出したことが本件事故の一因になつていることは否定できない。ところで幼児について弁識能力がない場合に監督義務者としての父母の過失の有無を問題としてきた。幼児が二、三才までは、監督義務者等が現実に付添ないしは監視の要があるため、その過失は容易に認めることができるが、四、五才の幼児については普通の知能程度を有していても、車の危険について弁識能力があると必ずしもいうことができず、(小学一年程度になれば、通常弁識能力あるということができる。)しかも現実の付添等はかなり困難であり、その過失を認めるとすれば擬制とならざるをえない。むしろ擬制を強いるよりも弁識能力に関係なく、幼児の外観上の行動から、その危険性を損害の公平な負担に反映させる方が適切であり具体的妥当性を有する換言すれば被害者側の過失は幼児について客観的な行為の危険性としてとらえるべきである。従つて監督義務者の過失が明確に認められる場合はそれにより、然らざる場合は右危険性によるべきで、弁識能力の有無は過失相殺の上で量的な影響をさせるべきものと考える。同様なことは精神的障害者の場合にも言えることである。

してみると、本件においても原告隆久の行為の危険性からみて、これに被告今西の過失と対比して原告側の過失相殺を二割とするのが相当である。そこで

原告隆久分 二九八、一〇〇円×〇・八=二三八、四八〇円

原告辰雄分 二四、〇〇〇円×〇・八=一九、二〇〇円

となる。

六、損益相殺

原告隆久は被告会社から金四八、一〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないから、これを控除すると、原告隆久分は一九〇、三八〇円となる。

七、弁護士費用

原告隆久分 金二五、〇〇〇円

同辰雄分 金五、〇〇〇円

(弁論の全趣旨、認容額、事案の難易等)

原告登久子については損害がない以上、認めるべき理由がない。

八、結論

被告らは各自

原告隆久に対し金二一五、三八〇円

原告辰雄に対し金二四、二〇〇円

およびこれらに対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な被告会社は昭和四四年四月九日から、被告今西は同月一〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右限度において正当として認容し、その余を失当として棄却することとする。

訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条、九三条を仮執行の宣言について同法一九六条を各適用する。

(裁判官 藤本清)

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